恵那市 明智光秀公生誕地 恵那市

Akechi's school & Tenjun Temple & Maple

明智光秀公学問所と天神神社と手植えの楓

戦略に長けた明智光秀のルーツ

戦略に長けた明智光秀のルーツ

天神神社の祭神は菅原道真公であり、京都北野の天満宮からの分祀と伝えられています。明智光秀公は、京都嵯峨天竜寺の雲水・勝恵という学僧を招き、ここで学問に精進したと言われています。神社は城山の西麓の急峻な地形の山懐にあり、山城である明知城の一郭をなす「天神砦」として、重要な戦略上の部所でもありました。こうした社がほかにも秋葉神社、稲荷社と、上の平と呼ばれる台地に連なっているのは、戦略上の拠点としての社や祠は信仰そのものの他に、戦国の時代を背景とした大きな意味を持っていたのではないかと考えられています。

戦略に長けた明智光秀のルーツ

金幣社八王子神社境内にある、柿本人麻呂社は、万葉の歌人柿本人麻呂を祭神とする社殿です。伝承によれば、文武を志す光秀公が学問所には天神を、八王子神社には人麻呂を祀り、社前に紅葉(楓)を植えたと伝えられています。この社殿には明智氏の家紋である桔梗紋が彫られ、大和絵風の歌聖柿本人麻呂の画像が祀られています。神社は平安時代に創建され千年を超える歴史を持つ郷土の産土神です。現在の社殿は、延宝四年(1678年)、領主遠山伊次公による造営で、県の重要文化財に指定されています。唐門は白鷹城(明知城)の城門を移築したものとされています。

LINEで友だち登録!!
LINEで友だち登録!!