岐阜市 戦国武将ゆかりの地 岐阜

Gifu Castle

岐阜城(金華山)

天下統一の拠点

岐阜城は、かつて稲葉山城と呼ばれていました。鎌倉幕府の執事であった二階堂行政がはじめて山頂に砦を築いたと伝えられていますが、本格的な城郭が築かれ、城下町が整備されたのは戦国時代に斎藤道三が居城とした頃からです。
岐阜城が有名になったのは永禄10年(1567年)8月に織田信長がこの城を攻略し、この地方を平定、まちの名を「井口(いのくち)」から「岐阜」へと改め天下統一の拠点とした頃からで、斎藤道三の築いた城下町を基礎に尾張から商工業者を呼び寄せ居住させ城下町を発展させました。

天下統一の拠点

その後、関ケ原の戦いの翌年慶長6年(1601年)に岐阜城は廃城となり、天守閣や櫓は同じ岐阜市内加納に建設された加納城に移築されたと伝えられています。現在の天守閣は昭和31年7月に復興された天守で、鉄筋コンクリート造、場内は史料展示室、最上階は展望台となっています。

岐阜城跡は平成19年から始まった調査(4次調査)により庭園跡などが見つかりました。庭園跡は自然の形状を巧みに利用した「見せる」ことを意識した作りとなっておいます。
これまで岐阜城跡といえば山頂の天守閣だけが注目されがちでしたが、天守閣、居館だけでなく山全体が天然の要害として機能していたことが近年の調査で判明し、金華山を含む約209ヘクタールが、平成23年に国史跡として指定されました

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