京都市

Syuzan Castle

周山城址

丹波平定を命じられた明智光秀が築城した周山城の跡

京北十景の一つに数えられ,城山として親しまれている山城の遺構は天正年間(1570年代)丹波平定を命じられた明智光秀が築城した周山城の跡と伝わる。
若狭から京都を結ぶ周山街道の押さえを目的とした城で,山頂部は主郭を中心に東西南北の尾根上に曲輪(くるわ)を造成。主郭東側には低い石塁で囲い込まれた通路があり,石塁上に土塀を巡らせていたと推察される。虎口や井戸の跡,建物の存在を示す瓦片からは織豊期の特徴が見られ,現存する総石垣の遺構は壮大である。主郭から西へ続く尾根にある曲輪群の石垣は特に当時の様子を残しており,野面積みながらも非常に高い石垣が見られる。また,西尾根部分には土の城跡があり,支城の存在が確認できる。

丹波平定を命じられた明智光秀が築城した周山城の跡

当城は,天正九年(1581年)八月に光秀が津田宗及と十五夜の月見を楽しんだほか,本能寺の変(同十年六月二日)後の同十二年二月に豊臣(とよと)秀吉が入城した記録も残る。
 織豊期の築城技術の特徴を残し,文化財としての価値も高い,中世京北町史の貴重な遺産である。
 周山城址ふもとの菓子店「亀屋廣清」には,光秀の埋蔵金伝説と周山城の石垣をイメージした和風クッキーがある。

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