京都市

Jigenji Station

慈眼寺

「周山城」の山裾に位置する明智光秀ゆかりの寺

「周山城」の山裾に位置する明智光秀ゆかりの寺
墨塗りの黒坐像 (逆臣の汚名をうけ全身を真っ黒に墨塗られた光秀像)
現在は「くろみつ大雄尊」として境内左の釈迦堂に祀られている。

「周山城」の山裾に位置する明智光秀ゆかりの寺

織田信長から総大将として丹波平定を命ぜられた光秀は、京都府から兵庫県にまたがる広大な丹波の各地で、領地と居城を構える豪族を次々と攻め落とし、平定を進める。一筋縄では成し遂げられない丹波攻略だったが、やがて丹波東端にあるこの周山を支配する豪族宇津氏も、攻め戦に及ばずして降伏させた。
長年苦しめられた宇津氏の圧政を解放し、村民が安堵する善政を敷いた光秀。
戦国武将の中でも謎多き人物とされるが、周山に伝わる光秀坐像は、厳しい表情に鋭い眼力を携え、かつての勇将明智光秀その人を指し示す。
光秀の人柄を讃え崇敬の念から作られたこの坐像は、やがて逆臣の汚名からか墨で真っ黒に塗られ、人知れぬ秘像として今日までひっそりと祀られてきた。
永年の月日にともない坐像には、黒く塗られる前にあった明智家「桔梗」の家紋が薄っすらと浮かびあがる。正面からは坐像の右脇部に紋影を見ることができる。
同じ釈迦堂の本尊は、不浄を焼き尽くし正しい方向へと導く憤怒の形相と火焔の光背の「烏枢沙摩明王」が祀られている。腹痛の旅僧を救った伝説から「下腹部の病に効験あって、女性の守り明王尊」として多くの信仰を集めている。
慈眼寺は曹洞宗の禅寺であり、山門正面の本堂に祀られる本尊は、数々の兵火や厄災の難をこの本尊のみが免れたという、上宮太子作と伝わる聖観世音菩薩である。
また境内には大銀杏と数本の紅葉が植わり、秋に本堂を囲むように黄と紅の色彩鮮やかな紅葉が見られる。

LINEで友だち登録!!
LINEで友だち登録!!